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くろべきょうこく

黒部峡谷

木暮 理太郎

「東京朝日」1919(大正8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,752 字 · 26 页

青空文庫

祖母谷温泉は祖母谷の河床から湯玉を飛ばして湧き出している。熱いので河の水をうめなければ入れない。浴舎のあった頃は相当に繁昌したものであるが、今では登山者が附近に野営した折に入浴する位のものであろう。餓鬼谷も同様であるが、更に奥深い処にあるから行く人は殆どない。アゾ原は仙人谷と折尾谷との中間に位する黒部川の左岸をいうので、長い歩廊のように連続した岩の間から、盛に温泉が湧き蒸気が噴出している、其様は立山の地獄谷とよく似ていると思った。

仙人の湯は三、四十年前には可なりの小屋があって、わざわざ入浴に来る者もあったということである。岩塊と細砂とで築き上げた浴槽が二つあって、処々から小流れになって落ちて来る湯を受け入れ、孰も硫黄の華が澱んで薄黄色にへばり付いている。温度は少しぬるいが、湯舟の中に行儀よく体を伸して仰むけに浸っていると、温度のぬくもりが自然と全身の毛穴の一つ一つから沁みて来る感がある。長い湯から上って体を拭くと、分解した白雲母の細片が皮膚からキラキラと銀光を放つ。あたりの岩の狭間からは白烟が濛々と噴き上げ、其間から奥不帰岳や白馬岳の連峰が隠見する。