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くろばしゃ
黒馬車
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,235 字 · 9 页
思わないわけには行かなかった。
夕飯の仕度にせわしい頃漸々来て呉れた医者は、
どうも、チブスの疑があると云って帰って行った。
家中の者は、万更思わぬではなかったけれども、こう明らさまに云い出されると、今更にはげしい不安におそわれて、どうぞそうなりません様にと思う傍ら、電の様に避病院の黒馬車と、白い床の中に埋まって居る瘠せほうけた宮部を一様に思い浮べて居た。
今まで通って居た便所に消毒薬を撒いたり、薬屋に□□錠の薄める分量をきいたりしてざわざわ落つきのない夜が更けると、宮部の熱は九度一分にあがってしまった。
台所では二つの氷嚢に入れる氷をかく音が妙に淋しく響き主夫婦は、額をつき合わせて何か引きしまった顔をして相談して居るのを見ると娘は、じいっとして居られない様な気持になって、何事も手につきかねた風に、あてもなくあっちこっちと家中を歩き廻って居た。
親元に報じてやる手紙が出されるのを見てから赤子のわきに横になりはなっても、自分が経験した病気に対する、あらゆる悲しさや恐ろしさが過敏になった心に渦巻きたって、もうどうしても死なねばならないときまってしまった様な厳な気持になったりして、いつとなし眠りに落ちるまで、もごもごと寝返りを打ちつづけて居た。