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くろばしゃ

黒馬車

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,235 字 · 9 页

青空文庫

その上世話をするのもいいけれどいろいろな物に手をつけた体で子供の事をするなどはいくら消毒したと云っても危険であるから親を呼んで相談して見ようと云う主婦の意見に反対する事は出来なかった。

翌朝早く停車場からすぐ来た宮部の実父は、あまり息子に似て居ないので皆に驚ろかれた。

体の小柄な、黒い顔のテカテカした年より大変老けて見える父親は、素末な紺がすりに角帯をしめて、関西の小商人らしい抜け目がないながら、どっか横柄な様な態度で、主婦の事を、

お家はん、お家はん。

と云って、話して居た。

此方で種々手厚くしてやる事をあたり前だと云う様な調子で聞いて居るので、感謝されるのが目的でした事ではないと云ってもあんまりよい気持を起させなかった。

「ちっとも朴突なうまみのあるところがない

と主婦はいやそうに云って居たけれども、添え手紙をもらって医者に話をきいて来た男の様子は、皆が可哀そうがって、涙組むほど、しおれて心配げに変って見えた。

急にざわめきたった家中は、電話のはげしいベルの絶間ない響と、急にひどくなった雨の騒々しさに満たされて、書斎に物を書いて居る主人と娘は居たたまれない様にあちこちあるき、主婦は何か考えに沈んだ様にしてじいっと椅子から動かなかった。