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つづみくらべ

鼓くらべ

山本 周五郎

「少女の友」1941(昭和16)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,577 字 · 18 页

青空文庫

老人の顔が笑いかけて呉れるように思え、今まで感じたことのない、新しいよろこびが胸へ溢れて来た。そして自分の体が眼に見えぬいましめを解かれて、柔かい青草の茂っている広い広い野原へでも解放されたような、軽い活々とした気持でいっぱいになった。

――早く帰って、あの方に鼓を打ってあげよう、この気持を話したら、きっとあの方はよろこんで下さるに違いないわ。お留伊はそのことだけしか考えなかった。

「どうしたのです」

舞台から下りて控えの座へ戻ると、師匠はすっかり取乱した様子で詰った。「……あんなに旨く行ったのに、なぜやめたのです」

「打ち違えたのです」

「そんな馬鹿なことはない、いやそんな馬鹿なことは断じてありません、あなたはかつてないほどお上手に打った。わたくしは知っています、あなたは打ち違えたりはしなかった」

「わたくし打ち違えましたの」

お留伊は微笑しながら云った。「……ですからやめましたの、済みませんでした」

「あなたは打ち違えはしなかった、あなたは」

仁右衛門は躍気となって同じことを何十回となく繰返した。

「……あなたは打ち違えなかった、そんな馬鹿なことはない」