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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

線上閱讀織田 作之助《それでも私は行く(それでもわたしはいく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 頁

青空文庫

そのことが、まず悲しかった。情けなかった。

「鶴雄さん、鶴雄さん……」

鈴子は文の家のおかみや、桔梗家のおかみにうながされて、二階への階段を上って行きながら、今はもうはっきりと恋をしていると判った男の名を、ひそかに叫び続けていた。

その鶴雄は……?

鶴雄は何もかも知っていた。

さすがにお茶屋の息子だった。隣の部屋でかわされている会話の端々に耳を傾けただけで、もう鶴雄に何もかも明瞭だったのだ。

「鈴子が小郷に……」

鶴雄は自分の顔色が変っていることを情けなく意識していた。

「なんだ、平気だ、平気だ!」

と、自分に言いきかせていたが、しかし、

「――鈴子が小郷に……」

「――鈴子が小郷に……」

「――鈴子が小郷に……」

窓の外を流れる加茂川の水音のように、悔恨と焦燥の響きを伴って、くりかえしくりかえし、あわただしく迫って来るこのいまわしい想像は、執拗に去らず、鶴雄の全身を取りかえしのつかぬ想いで、気の遠くなるほど、さらってしまった。

今こそ鶴雄は、あえかに抱いていた鈴子への恋情が――いや、その恋情だけが、自分の青春のすべてであるように、思われるのだった。

その青春が今、鈴子と共に失われようとしている……。