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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

線上閱讀織田 作之助《それでも私は行く(それでもわたしはいく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 頁

青空文庫

八

小郷はんやったら、あとあとのことも心配いりまへん。いやどっしゃろけど、まアうんと言うときなはれ。あんたが先斗町一の芸者になる気イどしたら、小郷はんみたいなお方にもたれときやす」

と、乗り掛った舟の、心にもない勢いで、口説いた。

「…………」

鈴子はじっとうなだれていた。

「ほな、きいとくれやすか」

黙っているのを承諾の意味にとったらしい。

「え……?」

鈴子は顔を上げた。

睫毛がふと濡れていた。

「いやどす……」

と、言おうとしたが、文の家のおかみや桔梗家のおかみの顔が怖かった。

鈴子は再びうなだれて、自分の膝を見つめた。

ポトリとその膝へ涙が落ちて来た。

八

鈴子は今まで桔梗家へ来るのが何となくたのしかった。

自分でもはっきりと意識したわけではなかったが、鶴雄の顔が見られるのが、うれしかったのだ。

顔を見ると、胸がドキドキしたが、これが恋というものだとは、十七歳の鈴子にはまだ判らなかった。

しかし、今ポトリポトリと膝の上へ落ちて来る涙を見ていると、鈴子の瞼には、もう鶴雄の顔しか泛んで来なかった。

「桔梗家はんへ呼ばれるのが、あんなにたのしかったのに、今はこんな悲しい想いをせんならん」