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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
線上閱讀風巻 景次郎《中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 115,977 字 · 230 頁
だからこの日本のうたに謡ではなくて歌という漢字を当てたのは、実に正しい文字使用法であったことが分るのである。
それに対して詩の方はどうかというに、いちばん簡単にいうと、『説文』に志也とあるのや、『書経』の舜典に詩は志をいいあらわすものだとあるのがそれであるが、今少しく精しくいうと、『詩経』の国風関雎の序に、心にある間を志となし、言に発したのを詩となすというのや、『漢書』の芸文志に言を誦するのを詩というとあるなどがそれである。要するに日本語でいう所のうたうのでなくて、思っていること、胸の裡にあることを言葉に発表したものを指すのであるらしい。支那の字書の定義は警句めいていて精密とはいえぬから、私どもには本意を掴むのがむつかしいが、右のように考えるならば、詩は文学の本質に触れている。しかも古代民謡のようなものでなく、個人的な志想をあらわした創作を指していることになるであろう。とにかく、単なる歌は詩でないが、同一の詩でも、音楽としてうたう側からいえば歌といってもよいわけらしい。当時支那から伝わった漢詩はすでに民間の歌謡とは別で、文字にたよって個人の感懐を表現する創作的文学作品となっていたし、当時の宮廷の人たちもそういうつもりで取り入れたのだから、当然漢詩であってよかったのである。