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はるかなたび

原民喜戦後全小説

原 民喜

線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁

青空文庫

そして彼は冷え冷えする孤絶感の底で、いつもかすかに夢をみていた。

焼跡に綺麗な花屋が出来た。玻璃越しに見える花々にわたしは見とれる。むかしどこかこういう風な窓越しに お前の姿を感じたこともあったが 花というものが こんなに幻に似かようものとは まだお前が生きていたときは気づかなかった。

翌年の春、彼は大森の知人の家からは立退きを言渡されていた。が、行くあてはまるでなかった。彼は中野の甥の下宿先に転り込んで、部屋を探そうとした。気持ばかりは急ったが貸間は得られなかった。中野駅前の狭い雑沓のなかを歩き廻ったり、雨に濡れて並ぶ外食券食堂の行列に加わっていると、まだ戦火に追われて逃げ惑っているような気がした。中野駅附近のひどく汚ないアパートの四畳半を彼が借りて移ったのは秋のはじめだった。が、その部屋を譲渡した先住者は一時そこを立退いてはいたが、荷物はまだそのままになっていた。先住者と彼との間にゴタゴタがつづいた。こんな汚ない、こんな小さな部屋でさえ、自分には与えられないのだろうか、と彼は毎夜つづく停電の暗闇のなかに寝転んで嘆いた。もうこの地上での生存を拒まれつくされた者のようにおもえた。