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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
線上閱讀室生 犀星《我が愛する詩人の伝記(わがあいするしじんのでんき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 頁
しかも、暮鳥の伝記には何時もながらのあじけなさを感じたのは、それは暮鳥の生涯を通じて華かさを持たず、流行の時を築かなかったことにあった。誰でも幾らかはやった時もあるものだが、暮鳥は外から見ては余りにじみであり、そっとしすぎていたようだ。『風景』という詩の雑誌を出していた頃の彼は、わずかな賑かさを提えていたに過ぎないのだ。
山村暮鳥、本名、土田八九十といい、明治十七年一月、群馬県群馬郡堤ヶ岡に生まれた。私は明治二十二年の生まれであるから、暮鳥は私より五つ年上であった。
明治三十二年(十六歳)小学校代用教員となり、前橋市在住の英人宣教師について学びクリスチャンとなった。
明治三十六年(二十歳)築地の聖三一神学校に入学、この年代より次第に文学開眼期にはいり岩野泡鳴、相馬御風等の雑誌『白百合』に短歌を発表するに至った。
明治四十一年(二十五歳)三一神学校卒業後、秋田県横手町に赴任。
大正二年(三十歳)処女詩集『三人の処女』を自費出版、土田富士子と結婚した。
大正四年(三十二歳)詩集『聖三稜玻璃』を室生犀星の経営する人魚詩社から発行、装幀製本一切室生がこれを為し、特製本羊皮製で当時これを金五円で頒布した。