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さくらじま

桜島・日の果て・幻化

梅崎 春生

線上閱讀梅崎 春生《桜島・日の果て・幻化(さくらじま)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 169,810 字 · 345 頁

青空文庫

隣の男が週刊誌から頭を上げた。髪油のにおいがただよい揺れた。男は窓外に眼を動かした。じっと発動機を見ている。黒い点を見つけたらしい。五郎は黙って煙草をふかしていた。二分ほど経った。

「へんだね」

男はひとりごとのように言った。そして五郎の膝頭をつついた。

「ねえ。ちょっと見て下さい」

「さっきから見ているよ」

五郎は答えた。

「次々に這い出して来るんだ」

「這い出す?」

男は短い笑い声を立てた。

「まるで虫か鼠みたいですね」

「では、虫じゃないのかな」

「そうじゃないでしょう。虫があんなところに棲んでる筈がない。おや?」

五郎はエンジンを見た。急にその粒々が殖えて来た。粒々ではなくて、くっついて筋になって来る。翼の表面からフラップにつながり、果ては風圧でちりぢりに吹飛ぶらしい。虫でないことはそれで判った。また幻覚でないことも。

二人はしばらくその黒い筋に、視線を固定させていた。やがて男はごそごそと動いて、不安げな口調で名刺をさし出した。

「僕はこういうもんです」

名刺には『丹尾章次』とあった。肩書はある映画会社の営業部になっている。五郎は自分の名刺をさがしたが、ポケットのどこにもなかった。