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さくらじま
桜島・日の果て・幻化
梅崎 春生
線上閱讀梅崎 春生《桜島・日の果て・幻化(さくらじま)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 169,810 字 · 345 頁
私は天願氏の顔を見た。やせた頬のあたりにも全く表情がなかった。風の様な自然さで私の顔を見返した。天願氏の長い指が盃を唇に持って行く。私は低い声で言った。
「天願さんは死んだ娘が好きだったんでしょう?」
盃が胸のあたりではたと止った。奇怪な表情が一瞬天願氏の面をかすめて消えたように思われた。そして盃中の酒を音立てて飲み乾した。
「惚れてたとすればどうなるかね」
「それはどうにもならないけど――」
「しかし僕は惚れてなんか居ないよ」と天願氏は断乎として言い放った。私はただうつむいて酒を飲んだ。言い様のない寂寥が私を襲ったのである。
先刻から激しい尿意があった。私はふらふらと立ち上って、奥の方にある便所に歩いて行った。激しく放尿しながら、何もかも太古の出来事であったようなむなしい感傷にとらわれた。私は手で首筋を意味なくたたきながら便所から戻って来た。天願氏が居なかったのだ。眼の細いおでん屋の女が土間にぼんやり立っている。
「どこに行ったんだ?」私はあわてて聞いた。
「お帰りになりましたのよ」
「帰った?」
女が私にすり寄って来た。
「まあおかけなさいよ。お酒注ぎますわ」