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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 268,337 字 · 522 頁

青空文庫

近世に於ける存在の概念の特色は、この最後のものをば、特に生乃至生命に見出したという点にあると考えられる。デカルトの自我表象から始めて、ライプニツの表象能力所有者モナドも、カントの自律的自由主体も、フィヒテの自意活動的自我も、自分が自分に還るという形に於ける最後のものを意味し、そしてそういう形の最後のものが、一般的に云えばとりも直さず生乃至生命の形を有つのである。この意味で近世哲学――夫は実はブルジョアジーの代表的哲学であるが――の精華は、要するに生命哲学に帰着すると云うことが出来る。ベルグソンやディルタイの所謂「生の哲学」は、こういう生命哲学の最も特徴的な場合の一つに過ぎない。フランス唯物論が生理学的唯物論として登場したのも亦、だからこの点からしても無意味なことではなかった。

だがなぜ生命が最後のものであったか。存在の性格はなぜ生命にあると考えられたか。人々は生命によって、意識の――自我・思惟・観念等々の――独立を表象することが出来るのである。人々は意識の独立な・自由な・絶対的な活動の内に、本当に生きた生命を感得する。それはのっぴきならない最後の事実だ。