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おもかげしょう

おもかげ抄

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《おもかげ抄(おもかげしょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 10,947 字 · 22 頁

青空文庫

孫次郎は足を停めて振返った。

――その時である、

「お待ち申して居りました」

と声をかけて、並木の松の木蔭から、旅装の女が一人、すっと眼前に現われた。――孫次郎は恟りして、思わず一歩退った。

「何誰でござるか、――?」

「…………」

女は笠を脱った。

――清々しい朝の光のなかに、羞いを含んで見上げる顔は、沖田源左衛門の娘小房であった。しかも……意外なことには眉を剃り歯を染めている。

「こなたは――小房どの」

「いえ、いまは椙江と申しまする」

孫次郎は自分の耳を疑った。

「椙江、椙江――?」

「どうぞ是を御覧遊ばして」

小房はそう云って一通の書面を渡した。孫次郎は手早く披いて見る、

――源左衛門が達筆の走り書きで。

取急ぎ申上げ候。当地お立退きの御胸中お察し申し候、世に亡き人を忘れ得ぬほど哀しきは無し、されども愛情も極まれば不覚に及ぶべし、恋々生涯を徒空に終るは、よも亡き人の本意に候まじ。時に面しての決断をこそ男には望ましく候、――さて、老の餞別としてお差添え申し候者は拙者娘にて無之く、常々御許の生けるが如く思われし人の再生せしと思召し候え、当人は素より望むところ、それゆえに名も椙江と改め候。