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しゅんきんしょう
ちくま日本文学014 谷崎潤一郎
谷崎 潤一郎
線上閱讀谷崎 潤一郎《ちくま日本文学014 谷崎潤一郎(しゅんきんしょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 85,196 字 · 169 頁
ただ川を下って来る筏師の話では、谷の奥の八幡平と云う凹地に炭焼きの部落が五六軒あって、それからまた五十丁行ったどんづまりの隠し平と云う所に、たしかに王の御殿の跡と云われるものがあり、神璽を奉安したと云う岩窟もある。が、谷の入り口から四里の間と云うものは、全く路らしい路のない恐ろしい絶壁の連続であるから、大峰修行の山伏などでも、容易にそこまでは入り込まない。普通柏木辺の人は、入の波の川の縁に湧いている温泉へ浴みに行って、あそこから引き返して来る。その実谷の奥を探れば無数の温泉が渓流の中に噴き出で、明神が滝を始めとして幾すじとなく飛瀑が懸っているのであるが、その絶景を知っている者は山男か炭焼きばかりであると云う。
この筏師の話は、一層私の小説の世界を豊富にしてくれた。すでに好都合な条件が揃っているところへ、またもう一つ、渓流から湧き出でる温泉と云う、打って付けの道具立てが加わったのである。しかし私は、遠隔の地にいて調べられるだけの事は調べてしまった訳であるから、もしあの時分に津村の勧誘がなかったら、まさかあんな山奥まで出かけはしなかったであろう。これだけ材料が集まっていれば、実地を蹈査しないでも、あとは自分の空想で行ける。