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しゅんきんしょう

ちくま日本文学014 谷崎潤一郎

谷崎 潤一郎

線上閱讀谷崎 潤一郎《ちくま日本文学014 谷崎潤一郎(しゅんきんしょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 85,196 字 · 169 頁

青空文庫

来て、吉野川の川原の景色を眺めたものである。

「あれ、あれをご覧なさい、あすこに見えるのが妹背山です。左の方のが妹山、右の方のが背山、―――」

と、その時案内の車夫は、橋の欄干から川上の方を指さして、旅客のをとどめさせる。かつて私の母も橋の中央に俥を止めて、頑是ない私を膝の上に抱きながら、

「お前、妹背山の芝居をおぼえているだろう? あれがほんとうの妹背山なんだとさ」

と、耳元へ口をつけて云った。幼いおりのことであるからはっきりした印象は残っていないが、まだ山国は肌寒い四月の中旬の、花ぐもりのしたゆうがた、白々と遠くぼやけた空の下を、川面に風の吹く道だけ細かいちりめん波を立てて、幾重にも折り重なった遥かな山の峡から吉野川が流れて来る。その山と山の隙間に、小さな可愛い形の山が二つ、ぽうっと夕靄にかすんで見えた。それが川を挟んで向い合っていることまでは見分けるべくもなかったけれども、流れの両岸にあるのだと云うことを、私は芝居で知っていた。歌舞伎の舞台では大判事清澄の息子久我之助と、その許嫁の雛鳥とか云った乙女とが、一方は背山に、一方は妹山に、谷に臨んだ高楼を構えて住んでいる。