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はるかなたび
原民喜戦後全小説
原 民喜
線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁
うそ寒い夕方、台所の露次で、他所の犬が来て、マルの乳を吸っていることもあった。「おかしな犬」と妻はあきれた。
翌年の寒中のことであった。マルは他所の家の床下に潜り込んだ儘、なかなか出て来ようとしなかった。その暗い床下からは、既に産みおとされた仔犬の啼声がきこえていた。四五日して現われたマルの姿は、ひどく変りはてていた。子宮が外部に脱出してしまい、見るも痛々しげであった。マルは苦しそうに眠りつづけた。今度はもう死ぬるかと思われたが、そのうちにまた歩きだすようになった。胯間に無気味なものをぶらつかせて、のこのこと歩く姿は見る人の目を欹だたせたが、マルの目つきも哀れげであった。
その年の秋、私の家の前に小林先生が移転して来た。その新婚の細君と私の妻とは、すぐに親しく往来するようになった。マルの姿は先生の注意をひいた。「いつか手術してやる」先生はその細君に漏らしていたのである。
マルが手術されたのは、翌年の春であった。恰度、旅から帰って来た私は、玄関先に筵を敷かれて寝そべっているマルの姿を認めた。留守の間に、小林先生の細君と私の妻は、マルを医大に連れて行ったのであった。