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はるかなたび
原民喜戦後全小説
原 民喜
線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁
た。はじめ、ここの店は何処か遠くから引ぱって来たような気もした。それはひどく真暗な夜のこと、大人たちは台八を牽いたり、自転車を押し、てんでに白い息を吐きながら勇しく進んで行った。提灯の灯がさっと行手を照らし、みんなの頬はてらてら燃えていた。――静三は何となくそんな風な童話を感じるのであったが、夜更の事務室でお茶を飲んでいる大人たちは勇しかった昔の面影をどこかに潜めていた。静三にとっては、笠岡の頬にある赤いほくろまで神秘におもえた。
実際、笠岡は時折、静三の虚を衝いて、風のように現れることがあった。ある夕方も笠岡は静三が往来にいるのを見つけると、何か誘うように手招きした。彼に従いて、とっとと橋の方へ歩いて行くと、橋の袂から石段を伝い、大きな船の中に連れて行かれた。入口の手すりに烏が括りつけてあるのが静三の眼に奇怪におもえたが、船の内部は畳敷の部屋になっていて、そこには父をはじめ店の人たちが集まっていた。後から思い出すと、そこは牡蠣船だったのだ。……それから静三は学校の帰り路でよく自転車に乗っている笠岡と出逢った。笠岡は後からさっとやって来ると、ひょいと謎のような表情をして自転車をとめる。