輕讀日語

輕鬆讀懂日語經典作品

ja-reading.com

輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。

やまとこじふうぶつし

大和古寺風物誌

亀井 勝一郎

線上閱讀亀井 勝一郎《大和古寺風物誌(やまとこじふうぶつし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 108,647 字 · 215 頁

青空文庫

この像を拝したであろう飛鳥人が必ずしも幸福でなかったことを思うとき、私は東洋の深淵を感嘆せずにおれない。

天平末期から鎌倉へかけては、ロダンのごとき名手がわが仏師の中に幾人も輩出したことは明らかである。三月堂や戒壇院の四天王、あるいは興福寺の八部衆、傑僧の諸像、また仏弟子の像や鎌倉の諸像をみるとき、私はこの方が比較に都合よいように思う。とくに彫刻という観念の確立したのは鎌倉である。運慶の世親、無著像に至ってはじめてルネッサンス以来の巨匠が対比されると言っていいのではあるまいか。しかし仏陀と菩薩像の深さは、飛鳥白鳳天平前期において世界に冠絶すると考えないわけにゆかないのである。彫刻という観念では律しられないのである。

中宮寺思惟像の思惟は、思索という言葉を用いるよりも、瞑想あるいは夢三昧と云った方がふさわしい。ロダンの「考える人」には論理のきびしさが感ぜらるる。精密な分析力や体系を組織する力が、あの筋肉の一つ一つに宿っているようだ。如意輪観音の思惟にはそうした面影はない。ではこのみ仏は現世の地獄を確とみず、徒らに夢三昧に耽っていたのだろうか。否、この菩薩にとっては見るということは直ちに捨身を意味した。