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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《忘れ残りの記(わすれのこりのき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 頁

青空文庫

そして、これも一時は快方に向い、渋谷の松濤園が住宅地となる頃まで、鍋島家の土木技師として雇用されていたが、その後、病気が再発して、ついに若死してしまった。

ほかの者には、誰にもそんな兆候は見ないのだが、まちがいなく、ぼくの母系からは、その伯父と叔父の二人までが、正真正銘の精神病にかかっている。もし精神病が遺伝的なものならば、係累のどこからか、いつ忽然と、第三の実証を示す者が立ち現われないとも限らない。

どうかした時、ぼくはぼく自身の血液のなかにも、何かが潜んでいやしないかというような恐怖の翳に、ふと取り憑かれることがある。――ま、いまの所はぼくにも周囲にも現われていないと思っているが、考えてみると、少青年期のある時期には、ぼくも多分にそれらしき発作のひらめきをやったものかも知れなかった。

家が、南太田の赤門前へ引っ越したのは、ぼくが九歳の秋頃である。南太田尋常高等小学校へ転校した。こんどの学校は、家からも近く、駈け足でゆけば二分か三分だった。赤門前というのはその辺の俗称で、正しくは、横浜市南太田清水町一番地と書いた。

いとも閑静な、そして小さな町で、清水町は一番地から四番地までしかないのである。