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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 頁
「風呂へはいるぞ」
着替えをするときに、甲斐がそう云った。
「奥さまをおもらいなすったんですって」とおくみが云った。
「あなたは悪性者でいらっしゃるわ、あんなにいい、お美しい方を離別なすって、またほかから奥さまをおもらいなさるなんて」
「悪性者か」
「あたしなら殺されても離別なんかされやしないのに」
「こんな悪性者でもか」
おくみは甲斐にしがみついた。うしろから着物を着せかけようとして、そのまましがみつき、甲斐の躯を力いっぱい緊めつけて、そして泣きだした。うしろから押しつけているおくみの、弾力のある胸や腹部のゆたかなまるみが、甲斐の肌に溶けこむかと思われるほど、ぴったりとじかに感じられた。
「おまえ泣き上戸になったぞ」と甲斐が云った。
おくみは甲斐の背中でかぶりを振り、いいえと喉声で、辛うじて云った。
「あたし三十一になっただけですわ」
「わかった、風呂へはいろう」
おくみは伸びあがって、甲斐のうしろ頸をつよく吸った。そうして、両手でしがみついたまま、酔ったような声で泣きつづけた。
「今日は丹三郎の別宴だ」と甲斐は云った、「彼は原田を出て御家臣にあげられる、今日は主従わかれの盃をするのだが、席は賑やかなほうがいい」