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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 頁
涌谷も松山も、雅楽頭と一ノ関との姻戚関係をにらんでいた。すなわち、兵部の子の東市正の許婚者が、雅楽頭の夫人の妹であること。そして、一ノ関の所領がまだ一万石であったころ、雅楽頭が「僅か一万石の小大名と縁者になってもつまらない」と云ったこと、そこから六十二万石を分割して、三十万石を一ノ関に与え、片倉小十郎はじめ誰には何万石をやろう、という相談ができたものと認めていた。だがそうではない、と甲斐は心のなかで自分に云った。雅楽頭ともある人物が、そんな卑小な理由で、伊達家ほどの大藩に手をつけるわけはない。理由はほかにある。もっと根づよく、大きい、政治的な理由が。そうだ、と甲斐は頷いた。
「――信綱の遺志だ、雅楽頭はその遺志を継いでいるにすぎないし、おそらく老中の人びとも承知していることだろう」
甲斐は眼をみひらいた。机に突いていた手を膝に戻し、坐り直して、自分の思案を吟味するかのように、彼はかなりながいこと、息をひそめていた。
襖の向うで声がし、おくみが静かにはいって来た。
「お支度ができました」
甲斐は頷いて、机の上から書いたものを取りあげ、行燈の火を移して、巧みに紙を動かしながら、手焙りの上で燃したうえ、それを灰の中へ、きれいにまぜてしまった。