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ぼくとうきだん
濹東綺譚
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《濹東綺譚(ぼくとうきだん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 57,666 字 · 114 頁
初め市中との交通は白髯橋の方面一筋だけであったので、去年京成電車が運転を廃止する頃までは其停留場に近いところが一番賑であった。
然るに昭和五年の春都市復興祭の執行せられた頃、吾妻橋から寺島町に至る一直線の道路が開かれ、市内電車は秋葉神社前まで、市営バスの往復は更に延長して寺島町七丁目のはずれに車庫を設けるようになった。それと共に東武鉄道会社が盛場の西南に玉の井駅を設け、夜も十二時まで雷門から六銭で人を載せて来るに及び、町の形勢は裏と表と、全く一変するようになった。今まで一番わかりにくかった路地が、一番入り易くなった代り、以前目貫といわれた処が、今では端れになったのであるがそれでも銀行、郵便局、湯屋、寄席、活動写真館、玉の井稲荷の如きは、いずれも以前のまま大正道路に残っていて、俚俗広小路、又は改正道路と呼ばれる新しい道には、円タクの輻湊と、夜店の賑いとを見るばかりで、巡査の派出所も共同便所もない。このような辺鄙な新開町に在ってすら、時勢に伴う盛衰の変は免れないのであった。況や人の一生に於いてをや。
わたくしがふと心易くなった溝際の家……お雪という女の住む家が、この土地では大正開拓期の盛時を想起させる一隅に在ったのも、わたくしの如き時運に取り残された身には、何やら深い因縁があったように思われる。