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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 268,337 字 · 522 頁

青空文庫

認識は無論のこと人間が行なう処のものでしかないから、この場合の歴史性は人間の歴史のもつ夫である、処で歴史が最も歴史らしく在る場合は取りも直さず人間の歴史の場合ではないだろうか。社会の歴史は単なる――かの自然科学的な――自然の歴史をば社会科学的な自然の歴史にまで止揚する(併し之は必ずしもかの哲学的な自然ではないが)。存在に固有な歴史性は社会の歴史となる時最も具体的となる、かくて存在に固有な弁証法は人間の歴史に於て最も具体的となり、最も性格的となるのである。さて認識の歴史はこのような場合の一つなのであり、そして今は問題が自然の認識に限定されている場合に外ならぬのであった。――自然弁証法の具体的なるものがそれ故、自然の認識――単に自然ではなく――の歴史性の内に求められねばならぬということは、ここに必然的な理由を有っている。

自然の認識とは併しながら、吾々が持つ自然的諸概念か又は自然科学(自然哲学との異同は前出の論文を見よ)である。自然の認識の歴史性とはそれ故、自然的諸概念の歴史性又は自然科学の歴史性のこととなる。今、後者から始めよう。

一般に科学の科学らしさは、科学の性格は、その方法の内に存すると考えられる、自然科学の歴史性とは従ってその方法の歴史性でなければならぬ。