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ひだのかいだん

飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選(ひだのかいだん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,271 字 · 263 頁

青空文庫

右の通りで、此方では何の種も播かなかったが、結局は此方が自ら刈らねば成らぬような羽目に陥ったのは、市郎の不幸であった。此方には何の考慮もなかったが、恋の種はお葉の胸に播かれた。東京の深川に生れて、十六の年から神奈川、豊橋、岐阜と東海道を股にかけたウエンチ生活の女が、二十三という此年の夏に初めて真の恋を知った。

市郎は其後再び柳屋の門を潜らなかったが、元来が狭い町で、恋しい人の家屋敷は眼と鼻の間にあるのだから、女は男を呼び出す術が無いでもなかった。況てお葉は男を恐れるような弱い女では無かったが、恋に柔げられた此女は日頃の気性に似も遣らず、自分の男を捉えて来ることは躊躇して、唯往来で折々逢う毎に、馴々しく詞をかける位を切てもの心遣りに、二月三月を過す中に、飛騨の涼しい秋は早くも別れを告げて、寒い冬の山風が吹いて来た。柳屋の門の柳が霜に痩せると共に、恋に悩める女にも漸次に痩が見えた。持病のヒステリーも嵩じて来た。果は酔うて狂うて、前の如き椿事を演出したのである。

けれども、其対手の市郎は云うに及ばず、父の安行も周囲の人々も、お葉の恋を斯ばかりに熱烈なるものとは想像し得なかった。