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しゅんきんしょう
ちくま日本文学014 谷崎潤一郎
谷崎 潤一郎
線上閱讀谷崎 潤一郎《ちくま日本文学014 谷崎潤一郎(しゅんきんしょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 85,196 字 · 169 頁
山越えて、こがれこがるるうき思い。
―――自分は今では、この節廻しも合いの手もことごとく暗んじてしまっているが、あの検校と婦人の席でこれをたしかに聞いた記憶が存しているのは、何かしらこの文句の中に頑是ない幼童の心を感銘させるものがあったに違いない。
もともと地唄の文句には辻褄の合わぬところや、語法の滅茶苦茶なところが多くて、殊更意味を晦渋にしたのかと思われるものがたくさんある。それに謡曲や浄瑠璃の故事を蹈まえているのなぞは、その典拠を知らないではなおさら解釈に苦しむ訳で、「狐」の曲も大方別に基づくところがあるのであろう。しかし「いたわしや母上は花の姿に引き替えて」と云い、「母も招けばうしろみ返りて、さらばと云わぬばかりにて」と云い、逃げて行く母を恋い慕う少年の悲しみの籠っていることが、当時の幼い自分にも何とはなしに感ぜられたと見える。その上「野越え山越え里打ち過ぎて」と云い、「あの山越えてこの山越えて」と云う詞には、どこか子守唄に似た調子もある。そしてどう云う連想の作用か、「狐」と云う文字も意味も分るはずはなかったのに、そののち幾たびかこの曲を耳にするに随って、それが狐に関係のあるらしいことを、おぼろげながら悟るようになった。