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さんじゅうにこく
三十二刻
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《三十二刻(さんじゅうにこく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 15,273 字 · 31 頁
江戸にいる主馬にもなにか遺言があるかと思ったが、その事にはついに一言も触れなかった。
かくて一族の人々は去った。
表門が閉された……裏も脇も、通用口も、みんな厳重に閂が入れられた。家士五十三名、小者十八名、他に十二名の奴婢はとっくに逃がしてあったので、図書ともに七十二名が立籠った訳である……図書は敵をこの屋敷へ引付け、機をみて一挙に決戦する考えであった。幸い邸内には充分の火薬があるし、家士たちの多くは火術の心得があるから、多勢の敵を引受けるには、防御にも決戦にも非常な強味である。備えは手早く固められた。小者たちが伐ってきた茨や青竹で逆茂木が作られ、築地塀の内側へ結込まれた。表門を除いた各門には防材を組み、石を積上げて侵入に備えた。
図書は書類の整理を終ろうとしていた。
襖や障子を取払い、什器を片付けた家の中はがらんとして、庭の若葉の光が青々と板敷に映じている……まだ武家屋敷では畳を用いていなかった時代で、床板は黒光のするほど磨きこまれている。その板敷へ青々と映ずる若葉の色は、図書にとって毎年のけざやかな、生々とした眼のよろこびであった。
「申上げます」