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せけんし

世間師

小栗 風葉

線上閱讀小栗 風葉《世間師(せけんし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,390 字 · 36 頁

青空文庫

町を放れた場末の夜はひっそりとして、車一つ通らぬ。ただ海の鳴る音が宵に聞いたよりももの凄く聞える。私は体の休まるとともに、万感胸に迫って、涙は意気地なく頬を湿らした。そういう中にも、私の胸を突いたのは今夜の旅籠代である。私もじつは前後の考えなしにここへ飛びこんだものの、明朝になればさっそく払いに困らねばならぬ。この地へ着くまでに身辺のものはすっかり売りつくして、今はもう袷とシャツと兵児帯と、真の着のみ着のまま。そして懐に残っているのは五厘銅貨ただ一つだ。明朝になって旅籠代がないと聞いた時の、あの無愛相な上さんの顔が思いやられる。

そのうちに、階下の八角時計が九時を打った。それから三十分も経ったと思うころ、外から誰やら帰ってきた気勢で、

「もう商売してきたの、今夜は早いじゃないか。」と上さんの声がする。

すると、何やらそれに答えながら、猿階子を元気よく上ってきた男がある。私は寝床の中から見ると薄暗くて顔は分らぬが、若い背の高い男で、裾の短い着物を着て、白い兵児帯を幅広に緊めているのが目に立つ。手に塗柄のついた馬乗提灯を下げて、その提灯に何やら書いてあるらしいが、火を消しているので分らなかった。