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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
線上閱讀喜田 貞吉《先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選(「やまとみんぞく」とはなんぞや)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 頁
というも同一だ。それを戦国時代にはエタとも、カマとも呼んでいた。カマはすなわち関東地方に云うお薦と同語だ。このハチヤ・チャセンの事について、「民族と歴史」に永山玄石君の「岡山県下旧穏坊部落」、倉光清六君の「空也上人と鉢屋伝説」など、有益な論文記事が少からず報告されており、自分もいずれ纏まったものとして発表したいと思っているが、今は特に、本題の「間人」に関連して、ハチまたはハチヤの名義を論究してみたいと思う。
ハチヤ・チャセンの徒が後世までも自ら空也上人の門流たることを自認していた次第は、前記の永山・倉光両君の文に見えているが、彼らは実に上人と深い因縁を有する鉢叩きの徒であったのである。上人の生れた延喜の頃は地方の政治甚だしく紊乱して、人民は国司の収歛誅求に堪え兼ね、当時生に安んぜずして自ら公民の資格を放棄し、課役を避けて僧となったものが天下三分の二の多きに及んだと三善清行は言っている。所謂下司法師・中間法師の徒となったので、その多数はともかく家に在って何とか生活の途を講じたものであろうが、中には家にいる事が出来ず、京都の如き大都会や、その他村落都邑に流れついて賤職に生きたものが少くなかった。