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はるかなたび
原民喜戦後全小説
原 民喜
線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁
医者も健康を保証していたし、静三は周囲の奨める儘に、ふと妻を娶って別家する気になったのである。――それが昭和六年のことであった。世帯を持った静三は就職のことで、暫く迷っていたが、結局彼も梅津商店へ出るようになった。それから以後のことはもう、こまごまと回想するまでもなく、つい最近まで連続して彼の目の前にあった。
静三の母が昭和十年の秋に死んだ。その頃彼は既に四人の子供の父親であり、梅津商店の支配人であった。社長の敬一にくらべて、この支配人はどことなし物腰は柔かであったが、敏捷に自転車で飛廻ることも出来た。自宅附近で遊んでいる長男を認めると、さっと自転車を停めて、相手を掬い上げるところなど、それは静三が嘗て笠岡から伝授されたものであった。その笠岡も老耄してしまって滅多に店にはやって来なかったが、今泉はまだ昔どおりの神経質な顔つきで几帳面に事務を執っていた。支配人の静三もいつのまにか計算を身につけ、殖財に熱を持つようになっていた。漸く固い蕊が出来たのだと静三はその頃思った。すると静三たちが母の二回忌を迎えた頃から、商店は遽かに活気づいて来たので、それはよく母が回想して息子たちにきかせていた、日露戦争頃の忙しさの再来かとおもわれた。