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はるかなたび
原民喜戦後全小説
原 民喜
線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁
そのかわり久振りで見る亡父の姿はつくづくと珍しかった。ついこの間まで僕は父親というものを、ひどく遠いところに想像していた。ところが今度みる写真では、もう殆ど僕の手の届きそうなところに父親がいる。僕は土蔵の中から父の古い手紙を見つけると、警報の合間には憑かれたようにそれを読み耽った。
僕の父は死ぬる半年あまり前に、病気の診断を受けるため、はるばる大阪へ赴いているのだが、その大阪の病院から母へ宛てた手紙が二三あった。止むを得ない周囲の事情のため多年宿痾の療養をなおざりにしていたことを嘆じながら、診断を受けてみると、もう手遅れかもしれぬと宣告されたときのことだ。何処からも見舞状もやって来ないし、父はよほど寂しかったのだろう。それで僕の父は母に対ってこう訴えているのだ。「お前様も漸く一通の見舞状を呉れただけ その文面にも只驚いたとの事ばかりにて 私の精神とお前様の精神は大変に相違して居るのに今更私も驚く外はない 小児が多くて多忙ではあろうが毎日はがきなり又二日に一度なり手紙を下さらぬか 病室には只一人で精神の慰安は更にない」
はたして、これが五十を過ぎた男がその妻に送った手紙なのだろうか、夫婦というものの微妙さに僕はすっかり驚かされてしまった。