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はるかなたび
原民喜戦後全小説
原 民喜
線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁
だから、隣境の塀が取除かれても、僕一人ではとてもその空家へ這入って行けなかっただろう。僕は兄たちに従いて、裏口から踏込んで行った。すると薄暗い台所の中央に深い車井戸があって、長い綱の垂れ下った底には水が鏡のように覘いていた。荒れた庭さきには植木鉢が放り出してある。小さな円形の厚つぽったい葉をした草が埃をかむっている。それから隅の方に、紅い椿が淋しそうに咲いている。僕は何か探険でもしているような気持で、黴くさい畳の上を歩き廻った。表の方の戸は鎖ざされているので、家のうちは薄暗かった。いたるところに怕いものが潜んでいそうなので、僕は絶えずそれを踏みつけていなければならなかった。僕たちはそこでさんざ騒ぎ廻っていた。家の方からオルガンが運ばれると、そこは一層賑やかになった。女中は僕の妹を背に負った儘オルガンを弾いた。僕はこの幽霊屋敷がだんだん気に入った位だった。しかし、電灯のつかない家だから、日暮になるともう堪らなかった。僕は逃げだすように家の方へ走って帰るのだった。
僕は家に戻って来ると、よく厭な気分に陥った。もう久しく母の姿を見なかったし、大人たちは誰も僕をかまってくれないのを知っていたが、それがどうかすると我慢できなくなるのだった。