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はるかなたび

原民喜戦後全小説

原 民喜

線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁

青空文庫

朝食をすますと、甥は近所に時間を訊きに行ってくれたが、その家にも時計はなかった。何にしろ早目に出掛けた方がいいので、私は暗がりの表通りを歩いて行った。暫くすると向うから男が来たので時刻を訊ねてみた。すると相手は曖昧なことを云って立去ってしまった。電車通に添って行くうち、あちこちの水溜に踏込んで靴はずぶ濡れになり、寒さが足の裏に沁みるのであった。

私は真暗な惨劇の跡の世界を急ぎ足に歩いていた。ある都市が一瞬にして廃墟と化すような幻想なら以前私は漠然と思い浮べていたことがあったし、死の都市の夜あけの光景も想像の上では珍しくなかった。しかし今こうして実際、人一人いない焼跡を歩いていると、何か奇異なものが附纏って来るので、相生橋を渡りながらも、これが相生橋であったのかしらと錯覚に陥りそうであった。がやがて八丁堀のところで灯をつけている自動車と出逢うと、寂寥のなかに烈しくエンジンの音をたぎらせているので、漸く人心地に還った。京橋あたりから駅の方へ行くらしい人の姿も見かけられた。

駅に来てみると六時前であったが、窓口にはもう人が集まっていた。切符は七時から売出すので、その間、私は杜詩を読んで過した。