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はるかなたび

原民喜戦後全小説

原 民喜

線上閱讀原 民喜《原民喜戦後全小説(はるかなたび)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 60,577 字 · 124 頁

青空文庫

、第3水準1-14-87)付で台所から父の処まで牛乳を運んで行ったが、いきれの立つ茶碗の牛乳は店の奥まで持って行く間に表面に薄い膜が出来、無数の皺が刻まれるのであった。静三がお盆を持ってその部屋に這入って行くと、机の上で何か仕事をしている父はちらと彼の方を眺め、それから一寸手を休め、彼が牛乳を置いて行くのを待つのであった。静三は病弱らしい陰気なこの顔とその部屋の冷やりした空気を一緒にして、父の死後おもい出すのだった。……だが、その部屋にも晴れ晴れした空気が漲っていることもあった。たしか、それは店が休業の日だった、父の机の上に大きな白い採集網と肩から掛けるようになっている採集箱が置いてあった。父は三人の息子を連れて郊外に出掛けた。敬一の昆虫採集に皆がひかれて行ったのだが、くらくらする麦畑や、はっと青空を掠める蝶の影が静三の頭には残り、帰って来て父の部屋に入ると、ひっそりした空気は火照った躯に大へん快かった。それから、あれはまた何の催しだったのか、部屋中に一杯賞品が飾られ、父の机の上には紙縒の籤の大きな束が置いてあった。静三が父の前に行ってそっと籤を引くと、父はその時もひどく神妙な顔つきであった。