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あづまばし
問はずがたり・吾妻橋 他十六篇
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《問はずがたり・吾妻橋 他十六篇(あづまばし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 75,586 字 · 159 頁
おかみさんは振返って自分の来た道が一目に見通される範囲に、その身を置くことが一歩一歩恐しく思われてならなくなったのだ。倒れたら四ツ這いになって這おうとも、一まず向に見える松林の彼方まで行ってしまいたくてならない。
彼処まで行ってしまいさえすれば、松林一ツ越してさえしまえば、何の訳もなく境がちがって、死人の物を横取りして来た場所からは関係なく遠ざかったような気がするだろうと思ったのだ。行き合う人や後から来る人に顔を見られても、彼処まで行ってしまえば何処から来たのだか分るまいと云うような気がするのである。
この心持は間違ってはいなかった。やっとの事、肩で息をしながら坂道を登りきって、松林に入り小笹と幹との間から行先を見ると、全く別の処へ来たようにあたりの景色も、木立の様子も、気のせいかすっかり変っている。畠の作物もその種類がちがっている。茅葺の農家のみならず。瓦葺の二階建に硝子戸を引き廻した門構の家も交っている。松林の中は日蔭になって吹き通う風の涼しさ。おかみさんはほっと息をついて蹲踞みかけると、背負った米の重さで後に倒れ、暫くは起きられなかった。
その時自転車に乗った中年の男が同じ坂道を上って来て、おかみさんの身近に車を駐めて汗を拭き巻烟草に火をつけた。