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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《山彦乙女(やまびこおとめ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 頁

青空文庫

筆を停めて、その姿勢のまま、平四郎が眼をあげた。

「――安倍が、どうしたって」

「とつぜん出奔したんです、先月の十五六日ごろなんですが、ふいと一つ木の家へ帰って、着替えの物や、金もだいぶ持ったらしいですが、そのまま駒場へは戻らず、どこかへいってしまったというわけです、なんのために、どこへいったんだか、誰にも云わず書置もないんで、しかし金も二百両ちかく持ち出しているし、着替えなんかも持って出たので、まさか自殺の心配はなかろうというんですが」

平四郎は筆を措いて、眼を細くしながら、考えこんだ。

「駒場のほうは……」

「あっちもきちんと片つけてあって、用意のうえの出奔だということは明らかだといいます、私はいきませんでしたがね、その祟りがこっちへきて、かなりまずいことになりました」

幕府の法規では、「旗本」の身分関係について、いろいろ厳しい定めがあり、その一に、特に重要な役目でもない限り、江戸を離れてはならない。という箇条があった。もちろん法規の常で、相当ぬけみちもあったろうが、かなりな程度まで、重んじられていたことは、慥からしい。

半之助の出奔は、柳沢系の幹部に、いい口実を与えた。