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ひろしまというなのゆらい
広島という名の由来
薄田 太郎
線上閱讀薄田 太郎《広島という名の由来(ひろしまというなのゆらい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 2,344 字 · 5 頁
綱引きと川通りもち
築城の際に輝元は、明星院山で腹臣の福島大和守に、「五箇荘のいずれの地名を採用しても差し当りがあるので、祖先の大江広元の広と、なんじの福島の島を合わせて広島と名付ける」といったと伝えられているが、城を作った地点がもっとも広い島だったので、広島としたというのが自然のようである。
綱引きと川通りもち
築城の際、佐東郡毛木村出身の佐々木太郎右衛門も、土木工事の腕を買われて輝元に召し出され、普請奉行二宮太郎右衛門を助けることになった。
この両太郎右衛門が本城のでき上ったとき、祝賀の白島での綱引きで指揮者になった。この白島の綱引きの行事は、以来明治時代まで伝えられた。毛利氏時代の風習としては、この綱引きのほかには、毎年旧の十二月朔日の「川通りもち」があるだけであった。
旧暦の十二月朔日といえば、大体に正月も終わったころで、寒風の吹くようになった夜、広島の町を流してゆく「かわどうり、かわどうり」という売り声を聞くと、さすがの広島の冬も深くなったものだと思わされた。
売り声は、大体にこどもの声であるが、時にはサビのある大人の声も聞かれた。こどもたちは、比治山町の中野というもち屋から受けて売り歩いたようである。