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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《忘れ残りの記(わすれのこりのき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 頁

青空文庫

これも最初は、きちんと通学して、かたの如く、岡先生の素読をうけていたが、父の前で復習する例がいつか無くなってきたので、ぼくも怠ることを覚え、岡先生の家へ通うとみせて、じつは土曜日の晩というと、伊勢佐木町をほッつき歩き、喜楽座、賑座などの立見をしたり、どうかすると、その頃、甚ださかんだった源氏節芝居を、密かに覗いたりした。

源氏節のフシはいま思い出せないが、浪花節芝居に類した寄席の小芝居で、特徴は、出演者がみな女で近年のストリップショーの狙いとおなじだった。これは一時、興行物を風靡したが数年にして禁止された。演し物は、歌舞伎物を掲げていたが、元々、演技が主でないから、ぼくら少年が覗いてみても、後をひく魅力はなかった。――とかくこの頃から心をひかれ出したのは、ふつうの演劇であった。ぼくは盲目的に芝居好きになり初めた。

芝居見物という当時の通念では、一年の内でも、それはよほど恵まれた或る日の幸福で、平常、小学生が芝居を見たいからといって、家庭の父兄が許すはずもなかったし、自分の口からも云えなかった。それなのに、ぼくは土曜の晩には、例の一幕見だが、伊勢佐木町の小屋を順ぐり見ていたし、日曜なども、こっそり行って、追い込み席の中に交じっていた。