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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

線上閱讀室生 犀星《我が愛する詩人の伝記(わがあいするしじんのでんき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 頁

青空文庫

山口の村の突ッ端で、雑木林をうしろにしたこの小屋の中の光太郎は、そこから出て小学校でお話をし、村の青年に講演をこころみ、えらい先生になっていた。自分でえらい顔をしなくとも、村人は高邁な文士としてかれを畏敬していた。

かれはここの雑木林にさわぐ風や、雪の凍みる枯草に心をとらわれ、智恵子への夜々の思慕にもえた。六十歳の人間には六十歳の性慾があるものだ。六十年も生きて見た数々の女体の美しい開花は、この山小屋の中でさんらんと匂い、かれは夜半に耳をかたむけてなんらかの声に聞き惚れ、手は女のすべすべした肉体のうえを今夜もまた、さまよいをつづけた。妻に先に死なれるほど、妻がうやうやしく美しく見えることはない、かれが智恵子への何十篇に超える詩を書いていても、それだけでは書きつくせるものではない、智恵子はかれの性慾の中に生きているのだ、この恐ろしい深まりはかれの性慾が涸れ切ってしまうまで、不測の継続を意味する。だからかれが死ぬまで、智恵子の肉体がかれのお腹のうえにあって、かれの胃と腸をあたためていた。かれが死ななかったら智恵子も死なない。小説家田宮虎彦もそのふたりとない妻をうしなって小説を書きつづけたが、それは田宮の中にいる夫人が死なないからかれは書けたのだ。