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あるかたきうちのはなし
或敵打の話
線上閱讀芥川 竜之介《或敵打の話(あるかたきうちのはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,276 字 · 19 頁
が、運命は飽くまでも、田岡甚太夫に刻薄であった。彼の病は重りに重って、蘭袋の薬を貰ってから、まだ十日と経たない内に、今日か明日かと云う容態になった。彼はそう云う苦痛の中にも、執念く敵打の望を忘れなかった。喜三郎は彼の呻吟の中に、しばしば八幡大菩薩と云う言葉がかすかに洩れるのを聞いた。殊にある夜は喜三郎が、例のごとく薬を勧めると、甚太夫はじっと彼を見て、「喜三郎。」と弱い声を出した。それからまたしばらくして、「おれは命が惜しいわ。」と云った。喜三郎は畳へ手をついたまま、顔を擡げる事さえ出来なかった。
その翌日、甚太夫は急に思い立って、喜三郎に蘭袋を迎えにやった。蘭袋はその日も酒気を帯びて、早速彼の病床を見舞った。「先生、永々の御介抱、甚太夫辱く存じ申す。」――彼は蘭袋の顔を見ると、床の上に起直って、苦しそうにこう云った。「が、身ども息のある内に、先生を御見かけ申し、何分願いたい一儀がござる。御聞き届け下さりょうか。」蘭袋は快く頷いた。すると甚太夫は途切れ途切れに、彼が瀬沼兵衛をつけ狙う敵打の仔細を話し出した。彼の声はかすかであったが、言葉は長物語の間にも、さらに乱れる容子がなかった。