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ファルスについて
日本文化私観 坂口安吾エッセイ選
線上閱讀坂口 安吾《日本文化私観 坂口安吾エッセイ選(ファルスについて)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,974 字 · 47 頁
底に一種の象徴が理窟なしに働いていて、ある角度を通して、写実以上に現実を高揚しなければ文学とは呼ばない習慣になっている。写実を主張した芭蕉にしてからが、彼の俳諧が単なる写実でないことは明白な話であるし――尤も、作者自身にとって、自分の角度とか精神とか、技術、文字というものは、表現されるところの現実を離れて存在し得ないから、本人は写実であると信ずることに間違いのあろう筈はないけれども――斯様に、最も写実的に見える文学に於てさえ、わが国の古典は決して写実的ではなかった。
又、『花伝書』の著者、世阿弥なぞも、写実ということを極力説いているけれども、結局それが、所謂写実でないことは又明白なところである。私は、世阿弥の『花伝書』に於て、大体次のような意味の件りを読んだように記憶している。「能を演ずるに当って、演者は、たとえ賤が女を演ずる場合にも、先ず『花』(美しいという観念)を観客に与えることを第一としなければならぬ。先ず『花』を与えてのち、はじめて次に、賤が女としての実体を表現するように――」と。
私は、このように立派な教訓を、そう沢山は知らない。そして、世阿弥は、この外にも多くの芸術論を残しているが、中世以降の日本文学というものは、彼の精神が伝承されたものかどうかは知らないが、この、「先ず花を与える」