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さくらじま

桜島・日の果て・幻化

梅崎 春生

線上閱讀梅崎 春生《桜島・日の果て・幻化(さくらじま)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 169,810 字 · 345 頁

青空文庫

〈なぜこの風景を、おれは忘れてしまったんだろう〉

感動と恍惚のこの原型を、意識からうしなっていた。いや、うしなったのではない。いつの間にか意識の底に沈んでしまったのだろう。今朝コーヒーを飲んだ時、突如として坊津行きを思い立ったのではない。ずっと前から、意識の底のものが、五郎をそそのかしていたのだ。それを今五郎はやっと悟った。彼はコップの残りをあおって、立ち上った。

しばらく歩く。

やっと風景が切れ、林の中に入る。道はだんだん下り坂になる。すこし疲れが出て来た。一杯の酒のために、体を動かすことがもの憂くなって来た。高揚された気分が、しだいに重苦しく沈んで来る。彼は低い声で、かつての軍歌を口遊んでいた。歌おうという意志はなく、自然に口に出て来た。

『天にあふるるその誠

地にみなぎれるその正義

暗号符字のまごつきに

鬼神もいかで泣かざらむ』

替歌をつくったのは、福という名の兵長である。福は奄美大島の出身だが、昭和十八年に一家は沖縄島に移住をした。才気のある男で、いろいろと替歌をつくった。この歌も、

〈天にあふるるこの錯誤。仁にみなぎれるその戦死……〉

天も仁も暗号書の名で、天は普通暗号、仁は人事に関する暗号である。