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さくらじま

桜島・日の果て・幻化

梅崎 春生

線上閱讀梅崎 春生《桜島・日の果て・幻化(さくらじま)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 169,810 字 · 345 頁

青空文庫

「いいえ。泊よ。あの峠を越えて向うの部落なの」

女はその方向を指した。

「谷崎潤一郎の『台所太平記』を読んだことがある?」

「いや」

「あそこに出て来る女中さんたちは、みんな泊の出身なのよ」

「ほう。女中さんの産地なのか?」

「あたしも行ったわ。学校を卒業して、すぐ東京へ」

女は両掌で自分の頬をはさんだ。

「ある家に奉公して、そこの世話である男といっしょになって、それからその男と生活がいやになって――」

「戻って来たのか?」

「そう」

女は笑おうとしたが、声にはならなかった。

「一箇月前にね。出戻りというのは、どうも具合が悪くって。夕方になるとここに来て、ぶらぶらと時間をつぶしてるの。案内して上げましょうか」

「泊にかい?」

「いえ。小学校へよ。あなたはそんなことを確めに来たんじゃない? 二十年前の思い出なんかを」

「思い出?」

五郎ははき捨てるように言った。

「思い出なんてもんじゃない。そんな感傷は、おれは嫌いだよ。でも、折角のお申出だから、案内していただこうかな」

「ずいぶんもったいぶるわね」

今度は声に出して笑った。

「じゃ参りましょう」

五郎は女のうしろについて、道へ上った。