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さくらじま
桜島・日の果て・幻化
梅崎 春生
線上閱讀梅崎 春生《桜島・日の果て・幻化(さくらじま)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 169,810 字 · 345 頁
五郎はもう考えたくなかった。いちいち心配していては、気分の方で参ってしまう。
五郎の注文で、湯はぬるめにしてもらった。福のようなことになったら、たいへんだ。その危懼からだ。それに旅先で脳貧血でも起したら、みっともない。しかし五右衛門風呂なので、少しずつじりじりと熱くなる。水道のホースから、水をがぼがぼ入れてさます。
主人に借りた剃刀で、髭を剃る。体を丹念に洗う。ついでに下着も洗う。ふたたび体を湯に沈める。誰かが耳のすぐ近くでささやいた。
「恥知らず!」
五郎は周囲を見廻した。誰もいない。壁だけだ。壁が口をきくわけがない。
〈また幻聴が出て来たな〉
と思う。聞き慣れた声だが、誰のでもない。抑揚も感情もない声である。
「なるほどね」
しばらくして五郎はつぶやいた。
「言葉を使ったからな。使わねばただの痴漢で済んだが、屁理屈をこねたばかりに、恥知らずか」
五郎は今日一日の重さをどっと感じながら、背中を鉄の壁に押しつけていた。熱さがじんじんと伝わって来る。今朝の病院脱出のことを考えていた。あれは恣意ではなく、いたたまれなく飛び出したという感じであった。
〈正常人が異常心理になるのを恐怖するように、異常心理者は正常に戻るのをおそれるんじゃないか?〉