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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 頁
あとで云うだって、約束しただにね。おらもそのつもりだっけ、舟小屋なんて云うからつい口がすべっただ、とふじこが云った。
「くびじろを見たのか」と甲斐が訊いた。
「おらじゃねえです」
「おら見たです」ときよきが云った。
そのとき、この小屋の表てで人の声がし、外から引戸があけられた。
引戸があくと、粉雪が吹きこんで、炉から煙が巻きたち燭台の灯がはためいた。はいって来たのは片倉隼人で、うしろに与五兵衛がいた。二人は戸口で雪帽子や蓑をぬぎ、それらを板壁に掛けてから、こちらへ来て挨拶をした。
甲斐はそれに眼で応じたまま、「くびじろをどこで見たか」と訊いていた。
娘たちは、はいって来た二人を見てしりごみをし、脇のほうへ躯をずらせた。甲斐はたたみかけて訊いた。きよきは隼人たちに気をかねるように、もじもじしながら「曲り瀬のところです」と答えた。
「滝沢の瀬か」
きよきは「そうです」とこっくりをした。
「若い牝鹿がさきに渡り、あとからくびじろが、それを追って渡ったです」
「西からか東からか」
「東からこっちへです」
「いつだ」
「今日の八つさがりです」
甲斐は「よし」と頷いた。
この問答を聞いていた与五兵衛は、眼をきらっとさせながら、くびじろだとな、ときよきを見、それから甲斐に向かって、静かに、しかしきびしく首を振った。