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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 頁
うしろから粉雪を吹きつける風のなかにかなりはっきりと匂ったし、火繩の匂いであることもたしかなように思えた。久兵衛だ、と甲斐は直感した。ふじこが小坂の源十の家へ来たので、久兵衛もあとを追って来たのだろう。彼女が二人の友達と猟小屋を訪ねたことも、おそらく知っていたに相違ない。――そうだとすれば、おれのあとを跟けて来ることも当然だ。
甲斐はうしろに注意しながら歩いた。ときに林の中へはいって、跟けて来るのをたしかめようとしたが、火繩の匂いが三度しただけで、久兵衛の姿を認めることはできなかった、「おれの勘ちがいか、それともはぐれてしまったのか」
甲斐はそう呟き、頭をめぐらせて、あたりを眺めまわした。雪はまだ降っていた。まばらな小雪であるが、やみそうにも思われない、濃い鼠色にいくらか明るみのさしてきた空には、雪雲が厚く低く、向うに迫っている丘陵の、すぐ上にまで垂れさがっているようにみえた。
甲斐は寝袋から出て、大きく伸びをした。
――もう動きだすころだ。
くびじろが移動を始める時刻であった。
甲斐は雪を両手に取って、ごしごしと顔から衿首をこすった。それを二度繰り返すと、指は凍えたが、眼がさっぱりとさめ、顔や衿がこころよくほてってきた。