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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 頁
おちつけ、おちつけ、あせるなよ、と彼は自分に云った。粉雪に遮られて、はっきりとは見えないが、その大きさや、からだつきや、林から出てじっと立停っている用心ぶかさで、それが「くびじろ」だということは、甲斐にはすぐわかった。
――久しぶりだな、くびじろ。
と甲斐は心のなかで云った。
――おれは此処にいるぞ。
ふしぎななつかしさと、こんどは逃がさないぞ、という闘志とで、胸が熱くなった。こんどは逃がさない。しかしわかるだろうと、甲斐は心のなかで呼びかけた。おれとおまえとは久しいなじみだ、おれたちはいつも堂々とたたかって来た。「そうだな」とくびじろが云うように、甲斐には思われた。そうだな、しかし勝負はいつもわたしのものだった。いつもだって、おれはおまえに一と矢くれているぞ。たしかにね、あれは甲午(承応三年)の冬だったが、一と矢といっても腿の皮を貫いただけさ、いまはもう傷あとも残ってはいないよ。そういばるな、おれたちは堂々とやって来た。おれはおまえを餌でつりよせたこともなし、罠を仕掛けたこともない、いつも対等の条件でたたかったつもりだ。
――対等だって。
とくびじろが云った。