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えどげいじゅつろん
江戸芸術論
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《江戸芸術論(えどげいじゅつろん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 85,130 字 · 167 頁
されば吾人は既に述べしが如く北斎がその円熟期における傑作品の往々にして日本らしからぬ思をなさしむるに反し、広重の作品に接すれば直に日本らしき純粋なる地方的感覚を与へらる。日本の風土を離れて広重の美術は存在せざるなり。余は広重の山水と光琳の花卉とを以て日本風土の特色を知解せしむるに足るべき最も貴重なる美術なりとなす。
北斎は山水を把りてこれを描くに当り山水それのみには飽き足らず常に奇抜なる意匠を設けて人を驚かせり。これに反して広重の態度は終始依然として冷静なるが故にやや単調に傾き変化に乏しき観なきに非ず。暴風電光急流を以て山水を活動せしむるは北斎の喜んでなす処。雨と雪と月光とまた爛々たる星斗の光によりて唯さへ淋しき夜景に一層の閑寂を添へしむるは広重の最も得意とする処なり。北斎の山水中に見出さるる人物は皆孜々として労役す。然らざれば殊更に風景を指して嘆賞し若しくは甚しく驚愕するが如きさまをなせり。然るに広重が画図中には猪牙を漕ぐ船頭も行先を急がぬらしく、馬上に笠を戴く旅人は疲れて眠れるが如し。江戸繁華の街衢を行くものもまた路傍の犬と共に長き日を暮らしかぬるが如き態度を示せり。