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ぼくとうきだん
濹東綺譚
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《濹東綺譚(ぼくとうきだん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 57,666 字 · 114 頁
歩いて行く中わたくしは土手下の裏町に古本屋を一軒知っていることを思出した。
古本屋の店は、山谷堀の流が地下の暗渠に接続するあたりから、大門前日本堤橋のたもとへ出ようとする薄暗い裏通に在る。裏通は山谷堀の水に沿うた片側町で、対岸は石垣の上に立続く人家の背面に限られ、此方は土管、地瓦、川土、材木などの問屋が人家の間に稍広い店口を示しているが、堀の幅の狭くなるにつれて次第に貧気な小家がちになって、夜は堀にかけられた正法寺橋、山谷橋、地方橋、髪洗橋などいう橋の灯がわずかに道を照すばかり。堀もつき橋もなくなると、人通りも共に途絶えてしまう。この辺で夜も割合におそくまで灯をつけている家は、かの古本屋と煙草を売る荒物屋ぐらいのものであろう。
わたくしは古本屋の名は知らないが、店に積んである品物は大抵知っている。創刊当時の文芸倶楽部か古いやまと新聞の講談附録でもあれば、意外の掘出物だと思わなければならない。然しわたくしがわざわざ廻り道までして、この店をたずねるのは古本の為ではなく、古本を鬻ぐ亭主の人柄と、廓外の裏町という情味との為である。
主人は頭を綺麗に剃った小柄の老人。