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まきのとみたろうじじょでん
牧野富太郎自叙伝
牧野 富太郎
線上閱讀牧野 富太郎《牧野富太郎自叙伝(まきのとみたろうじじょでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 94,045 字 · 185 頁
私も世の書生と同じく、その頃は吟詩などをやってなかなか威勢がよかった。
明治十二年に高知へ丹後の人、永沼小一郎という人がきた。この人は神戸の学校の先生で、高知の師範学校の先生になってきたのである。
西洋語の多少できる人で、科学のことをよく知っていて、植物のことにも詳しかった。永沼先生と私とは極めて懇意になった。早朝から夜の十一時頃迄、話し続けたこともあった程である。永沼先生はベントレーの植物の本を訳し、また土佐の学校にあったバルホアーの『クラスブック・オヴ・ボタニイ』という本の訳もし、私はそれを見せてもらった。この人は実に頭のよい博学の人で、私は色々知識を授けられた。永沼先生は土佐に久しくいたが、その間高知の病院の薬局長になったりした。化学・物理にも詳しく、仏教もよく知っていた。永沼先生は植物学のことをよく知っていたが、実際の事は余りよく知らなかったので、私に書物の知識を授け、私は永沼先生に実際のことを教えるという具合に互に啓発しあった。
永沼先生は後に土佐を去り東京で亡くなった。私の植物学の知識は永沼先生に負うところ極めて大である。
明治十三年頃、佐川に西村尚貞という医者がいて、私はよくその家に遊びに行ったものだが、医者なので色々のことを知っていた。