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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 268,337 字 · 522 頁

青空文庫

彼等によると之こそは形式論理学に代わる内容的な論理学だということになる。

だが之が決して内容的な思惟の学ではなく、従って又内容的な論理学などでないことは、先に言っておいた通りであって、之が依然として所謂形式論理学と全く同じ意味に於て形式的又は形式主義的な論理学に過ぎないことは、この派の論理学=数学が数学上の「形式主義」に帰着することからでもよく判る。

だが吾々にここで必要なことは、思惟の学が論理学という名を以って云い表わされるという一つの普遍的な事実である。論理学をどういうものと考えようと、思惟の学を論理学と少なくとも名づけることは、どの哲学の立場から云っても共通な習慣だと見ていい。

そこで、古来哲学ではこの思惟の科学である論理学に様々な内容を盛る必要を感じて今日にまで来ているのである。最初のものは恐らくプラトンのディアレクティケー(之は最高の学問の名前であった)であるが、所謂論理学を一応組織立てたのがアリストテレスであったことは広く知られている。それがポルフュリオスやガレノスの手を経て所謂形式論理学(演繹論理学)として徹底され、夫がフランシス・ベーコンを経ることによって経験による帰納の論理学と結びつけられたこともよく知られている(J・S・ミル)。